*{Metamix}+

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Le mal de pay

maskin:

寒さが混じる春の微風をうまく部屋に導く流れでリストの巡礼の年を回していたら、強烈な過去のイメージが白昼夢のように頭の中に飛び込んできた。

ピアノの匂い、幼年期から青春期にかけての苦悩の溜まり場、実家のピアノ部屋の風景だ。今椅子にかけているこの場所は、新しく建て替えられた別の部屋だけど、確かにピアノ部屋があった場所だった。

少年期には恐らくプロのピアノ奏者と同じくらいピアノの前に座っていたと思う。弾いてはいたけどあくまで独学で、それは目的ではなく、ピアノの前で森羅万象に身を投じ考えるのが好きだった。プレイヤーではなくPrayer。

Le mal de pay

寒さが混じる春の微風をうまく部屋に導く流れでリストの巡礼の年を回していたら、強烈な過去のイメージが白昼夢のように頭の中に飛び込んできた。

ピアノの匂い、幼年期から青春期にかけての苦悩の溜まり場、実家のピアノ部屋の風景だ。今椅子にかけているこの場所は、新しく建て替えられた別の部屋だけど、確かにピアノ部屋があった場所だった。

少年期には恐らくプロのピアノ奏者と同じくらいピアノの前に座っていたと思う。弾いてはいたけどあくまで独学で、それは目的ではなく、ピアノの前で森羅万象に身を投じ考えるのが好きだった。プレイヤーではなくPrayer。

音を司るものが自分の全てであって、音楽も声も息遣いも騒音も力の源泉のように今も感じてる。

魂を揺さぶるのが音楽。
朴訥に思考を展開するのが映像であり文章。
大自然には全てがあり、いつも天空や木々の連なりや、水のざわめきが聴こえてくる。
都会の喧噪にも音があり、ゆっくり軋みながら、多くの人々の苦悩や生き様を媒介に決して途切れることのない歌を歌い続けている。

地域再生

昔、ちょっとだけ書評したことがある某地方再生本の話。役所に強い大手出身で、今は地域復興プランナーとかいう人の本。というか、そもそも、上からふってくる予算で地域復興なんて成功した例などあるのだろうか?

この本の何がひどいかというと、まず冒頭から、高度経済成長期の象徴たるアーケードストリートの最後の砦となった老舗の八百屋とファッションビルを対比し「大根を売る店の前で、大根足の洋服は売れない」とまで批判している。

そもそも大活況の時代にもその八百屋とファッションビルは存在しており、電車の駅ではなく城下町中心に発展してきた地方都市にありがちなバラエティに富んだ商店街の一角に過ぎない。衰退するにつれ、ファッションビルも商店もすくなくなり、その2局が目立っただけの話。

そのアーケードストリートがいったどういった経緯で衰退し、最後の砦としてその八百屋が復興に努力していたことなんて全く調べていない。

頭からのひどく乱暴な批判は最後まで続く。自分で取材などしていないのだろう。

「顧客目線で丁寧に対話すれば道はひらける」的な、決して解決にはつながらない話だけで誰にとってもどの地域にとってもプラスにはならないと思う。というか、地方復興は、砂漠に新たな街をつくるのではない。上から下へ理想論をばらまいても、高齢層は納得するだろうが、未来そのものである若年層にとっては足枷にしかならない。

と、厳しい批判的書評を書いたのだが、この本(批判が目的ではないので署名はふせます)の評価が二分されているのことに、驚きと気づき。

一つは、首都圏に在住している都市論等に関心があるもしくや役所などの担当者らしく方の評価が総じて高い点。こんな無茶苦茶なこといっていても評価がつくんだと関心したのだが、役所側の仕事をしている方ということで、上層の構造問題の指摘は得意なのだろう。論点があるようには思えないが、研究所所属とのことでデータが豊富という理解でいいだろう。

もう一方では、地方在住と思われる人からの評価は最悪もしくはトンデモ本とまで評されるものになっている。これは自分も同じ、現場から見ればヒドイとしかいいようがない。対象になった商店などはクレームいれてしかるべきじゃないかと思う。

この二項分割は、地方政治そのものであり、そのダメさ加減全体を知るにはいい機会となった。つまり、中央が予算をばらまくだけで、地方自治体そして地域の関係はうまくいってない。地域再生コンサルがこういう現状誤認をしているくらいだから、当面は改善は無理なのだろう。

都市の性質(政治、土地、人、文化がからむ)からすればどこか一点をみてNGを出しても、それが突破口になるわけではないが、僕自身は突破の切り札があると考えている。

それれは、おおくの人や文化、パワーをまきこみ総合力でスパイラルを形成すること。その場しのぎでパッチをあてていても、それ以上の高みには到達できない。大胆にかつ打算的に、多くの人を巻き込みながら、過去現在未来を超越した価値観を生み出してゆくこと。

ずいぶん前に「地方ではダメだ」とあきらめていたが、さいきん地方での取り組みの可能性を再認識しはじめている。とても大変なことだけど、できないことはないように思う。

“ ネルー首相がくださったのは、お嬢さんの名前をつけた「インディラ」という名前の象でした。その後合計三頭の象を、インド政府は日本の動物園に寄付してくださるのですが、それぞれの名前はどれも忘れがたいものです。 「アーシャ(希望)」、「ダヤー(慈愛)」、そして「スーリヤ(太陽)」というのです。最後のスーリヤがやって来たのは、2001年の5月でした。日本が不況から脱しようともがき、苦しんでいるその最中、日本の「陽はまた上る」と言ってくれたのです。 ”
“ 「なんですべてが月単位でしか進まないの?」「一番えらいっぽい人が、ミーティングで一言も口を聞かないのはなぜ?」「部長にメールを出してるのに、なぜかいつもスタッフの人から返事がくるんだけど、コレ、どういう意味だと思う?」とか。 こういうの、説明するのは本当に大変でした。 でもいつからか外人からそういう質問を受けることもほとんどなくなってたんです。それは日本の大企業が変わったからではありません。彼らのほうに、もうそんな意味不明な日本の大企業とわざわざ付き合う必要がなくなってきたからです。 ”
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